【書評】太宰治『人間失格』〜失格の烙印を押したのは彼自身だった〜

人間失格

今回は太宰治の『人間失格』について。

『人間失格』は、「恥の多い生涯を送って来ました」というフレーズが有名な太宰治の人気作品。
「はしがき」「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」「あとがき」で構成されている。

現代社会に生きる人が読んでも共感できることが多く、50年以上経ってもなお語り継がれている名作だ。
現代社会に息苦しさを感じたことがある方や、人の顔色をうかがいがちな方には共感できることが多い物語ではないだろうか。

目次

『人間失格』の作品概要

主人公は、人間に対して恐怖を感じて道化として過ごす大庭葉蔵。

葉蔵は多くの女性に好かれ、酒や薬物に溺れてもがき苦しむ。
苦しんだ果てに脳病院に入院させられる際、自身について「人間、失格」と、確信した。

一方で、葉蔵と関わりのあった女性は葉蔵について「神様みたいないい子」と語るのであった。

作品名人間失格
著者名太宰治
初出『展望』1948年6月号-8月号
ページ数271ページ
読了に必要な時間2時間〜3時間
特徴・太宰治自身が反映されていると言われるフィクション
・連載最終回直前に太宰が自殺したため完結作としては最後の作品
・太宰治の生誕100年を記念して2010年に映画化

『人間失格』のあらすじ

『人間失格』は、第三者視点で語られる「はしがき」から始まる。「はしがき」では3枚の写真についての印象が語られた。写されているのはそれぞれ、とある男の幼年期と高等学校〜大学時代、白髪で年齢を想像できない頃。写真を見た者は、今までに見たことがないほど不思議な顔の男だと感じている。

そして、「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」と私小説形式で葉蔵について描かれていく。人間模様の移り変わりや葉蔵の内面についての描写が面白い。

「第一の手記」は、幼少期の生活環境や家族との関わり方が主な内容。葉蔵はこの頃から人間に恐怖を抱いており、道化を演じる求愛行動を行うのに必死だ。

「第二の手記」では、中学校時代に同級生に葉蔵の道化が見破られそうになったことが書かれた。また、葉蔵は高等学校を放校になって以降は酒や煙草、淫売婦といったもので人間への恐怖を誤魔化すようになった。

「第三の手記」では、葉蔵は漫画家になっている。結婚もするが、事件によって幸せな暮らしは一転。酒浸りになり薬物による自殺未遂を行う。その後も酒浸りは続き、モルヒネ中毒にもなり脳病院に入院することに。

脳病院で葉蔵は自身が「人間失格」であったと考える。その後の暮らしは廃人同然だった。

最後に、「私」が葉蔵とも縁があったバーのマダムと会う「あとがき」で締めくくられる。マダムは自身を「人間失格」と考える葉蔵のことを「神様みたいないい子」と語ったのであった。

『人間失格』を読んで

『人間失格』は、人間の弱さや煩わしさが痛いくらいに描かれている小説だ。

葉蔵を「異端だ」と感じる方もいるようだが、私は共感する点が多い。葉蔵には何事にも本気で悩みすぎてしまう真面目さがある。孤独を常に抱え、快楽を求めては堕落してゆく葉蔵は、ひたすらに真っ直ぐなのだ。

女性関係が激しいように葉蔵のキャラクターは描かれてはいるものの、向き合おうとする真面目さと向き合えない勇気のなさがもどかしくも切なく示されている。いわゆる「どうしようもない」人間の葛藤が見える作品だ。

「人間失格」という言葉は誰に言われたわけでもなく、葉蔵が自分自身に感じたこと。恥の多い生涯を送ったと考えている葉蔵について、マダムは「神様みたいないい子」と述べているのが対照的だ。見え方の違いが最後の救いとして示されたことで、生きづらさを抱えながら生きる読者に光がさしたのではないだろうか。

まとめ

太宰治『人間失格』は何度読んでも楽しめる物語だ。

青空文庫で無料で読めるため、興味がある方は一度読んでみてはいかがだろうか。

終始、生きづらさを感じる人間のひたむきな葛藤が丁寧に描かれている。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次